「ひなちゃん、こんなに早く決着付くとは思わんかった」

あかりはゆっくりとグローブを顔の位置から後ろに引いた。

「思い切りぶち込むから、もうゆっくり寝ててええんよ」あかりはそう言ってニヤリと笑った。

(お姉ちゃんのパンチ酔いを治す方法、方法!)カンノは頭をフル回転させる。

「ごめんな、顔面狙うわ」フラフラしているひなたに、あかりは話しかける。

そしてあかりの腕にグッと力が入るのが分かる。筋肉が一気に膨張したからだ。

(階比率0パーセント・・・・・・)カンノの頭にその数字が浮かんだ。

 

                       *

 

 

浄は原田を見つけた。二階の立ち見席の窓際で試合を見ている。

「原田の兄ィ」浄は一応挨拶をした。

「おお、浄か。ヒットマンがもうすぐ2発撃つぞ、茶番は終わりにしないとな」

しかし周りを見ても銃を持っている人間はいない、原田を入れて。

「浄、見てろ、俺がこの窓を開けたら開始だ」

浄は戦慄した。スナイパータイプ。遠くの建物から狙撃するのだ。

「原田兄ィ、2発っていうのは?」

「あのセコンドのガキで一発。そんでリングの上のお譲ちゃんに一発」

あの幼い子供をも巻き込む気だ。

その時、浄の携帯電話が鳴った。

浄は大事な時なので出ないつもりだったが、着信番号を見てすぐに出た。

                       *

 

カンノは見た。あかりのフィニッシュブローを、パンチ酔いしてフラフラのひなたが避けた。

何故?とは考えなかった。自分は指示を止めるわけにはいかない。ましてや追い風が吹いた瞬間だ。

「右フック!軽く!」

カンノは叫んだ。だが、ひなたはフラフラして動かなかった。

(まぐれで避けたのか・・・・・・)悔しさのあまりにカンノはマットの上を殴った。

そしてひなたを見る。ひなたはフラッとこちらを向いた。

 

そして右ウィンクをした。

 

裏 を か け

 

カンノは一瞬でそのメッセージを読み取った。

「右のショートフックはやめ!ガードに徹して!」カンノが叫んだ。

(おりこうちゃん、しっかりガードしちょれよ!)あかりは今度こそパンチを当てようとモーションに入った。

その瞬間、あかりは違和感を感じた。

(軽い右フックって言っちょったのに右のショート?)

罠だと気づいた瞬間には、あかりの左頬を、ひなたの拳がえぐるようにヒットしていた。

(裏をかいたんかこいつはっ!)あかりは必死に倒れまいと足を踏みとどまった。

「それから!・・・・・・」カンノが叫ぼうとしたが、途中で止めた。

そこでゴングは鳴った。

(ヤバかった・・・・・・)あかりは自分のコーナーへ戻っていった。

 

あかりは自分のコーナーに戻ると、椅子が無いのに気がついた。

そしてカンノは寒そうに体を縮ませて、口に手を当てている。

「どした?カンノちゃん?」あかりは聞くと、カンノは急いでバケツを自分の方に持っていった。

 

カンノはバケツに顔を突っ込むと、血を口から垂らした。

「相手はヤクザだった・・・・・・狙撃された」

カンノは早々といい終わると、咳き込んでバケツに血を散らせた。

 

 

 

                         *

 

「これで有能セコンドはいなくなった」

窓を開いた原田がそう言って笑った。

浄は窓を閉じ、原田のスーツを掴んで、無理やり引きずり出した。

「何をする?」最初は高圧的に言っていた原田だったが、浄が腰をぽんぽんと叩いた事で大人しくなった。

(ドス?何で浄がオレに?)

 

外に出ると、龍雄、虎夫、亜玖珠、吽母の四人がいた。

「オッサン、根っからのワルじゃ無いのぅ」

龍雄はそう言って、ドサリと一人の人間を地面に投げつけた。

「ス、スナイパー役の・・・・・・」原田は驚いた。窓を開けてあのセコンドを撃ったハズ、現にセコンドは血を吐いて・・・・・・。

「原田ァ、お前をハメて大人しくさせる為の作戦じゃ、アホには分からんかったかのぅ」虎夫が言う。

そして亜玖珠と吽母はドスを持っている。

「とりあえずスジ通してもらおうか?極道にはこれがないとな」龍雄が言ったとたんに、二つのドスが原田の二つの両手の小指を・・・・・・。

 

 

                         *

 

カンノはうがいをして、仕込みのイチゴシロップを口から洗い流していた。

「カンノちゃんとウチを撃とうとしとったんか」ひなたはそう言いながら、カンノの無事を有り難く思った。

「ええ、龍雄さん率いる四人組みがしっかりパトロールしてくれていたおかげで、すんなりスナイパーの場所が割れていたんです。

後は私が、原田が窓を開けた時に芝居をすればよかったんです」

 

カンノが血を吐いている所を見ても、誰も驚いていない。カンノがイチゴシロップを飲んでいる所を全員が見ているからだ。

その時、原田の前には事前に電話を受けた浄が立ちふさがって視界の邪魔をしていた。

 

「邪魔する者はもういない!しかも私とお姉ちゃんは最強のタッグ!負けてられないよ!」カンノが覇気ある声で言う。

そしてラウンド開始のゴング。

「おねーちゃん、パンチ酔いがちょっと残ってるなら、いい薬があるよ」カンノがニコニコしながら言った。

「アンモニア?」

「違う、これだぁぁぁぁぁぁ!」

パーーン!

カンノが又、ひなたの背中を思い切りはたいた。