カンノは作戦をひたすら考える。まさか、あかりがこういう戦術で来るとは思わなかったからだ。

ひなたがパンチを当てると、それより強い力で打ち返してくる。スタミナの削りあいに試合はなっていた。

相手にどのようにパンチを当てると破壊力が出るか。それは実践を積んだ、あかりの方に軍配が上がる。

カンノの錯乱戦法も役には立たない。打っても打っても、ひなたは逆に打ち返される。

「どした?ひなちゃん。どんどんパンチが弱くなってきちょるが」あかりが笑みを浮かべた。

(ジリ貧ってこういう事か・・・・・・)ひなたはダメージの蓄積が激しい。

ひなたは無我夢中でストレートを打つ。

遂にあかりにヒットしなくなってしまった。そのスキを狙ってあかりは回り込んでフックを打ち込んでくる。

「くっ!」ひなたは避けようと後ろへ後ろへ逃げる。

そしてコーナーポストへ追い詰められてしまった。

「ジ・エンド」

あかりの声といっしょにフックが飛んできた。

グシャッと音がして、あかりのマウスピースが場外へ飛んだ。

 

                        *

 

ひなたの妹、桃香は試合を見るのが辛くなってきた。

負けてもいいから、これ以上姉が痛めつけられる場面を見たくない。吐きそうだ。

そう思っていると、目の前にひなたのマウスピースがビチャビチャと音をたてながら転がってきた。

血まみれ。周りで悲鳴が起こる。

そうか、これは私がやらなくちゃ・・・・・・。無意識に桃香は、ひなたのマウスピースを手に取った。

ぬるっとして温かい。本当に吐きそうだ。でも持っていかなきゃ。ウチはこれしか今出来る事はない。

リングサイドに歩いていくと、カンノが右手を差し出してきた。

カンノは、マウスピースを持ってきたのが桃香だと分かると、右手を引っ込めた。

「そのマウスピースを綺麗に洗ってもらえますか?」カンノは真剣な顔でそう言った。

そうか、私に出来る事はこれか。

バケツを置いて、ペットボトルに入った水でマウスピースの血を綺麗に流す。

リングの上ではひなたがめった打ちにされているのだろう。ひたすら殴られる音がする。

何かウチが役に立てたらいいのに・・・・・・。

役に立てたら・・・・・。

 

                        *

 

丘の上。

ひなたは風に吹かれながら体を自由に動かしている。バレリーナのようだ。

「お姉ちゃん何しとるん?」桃香はひなたを痛い目で見ていた。

「ん?風を避けて風に乗る、分からんかな?ここにいつもいると、風の流れが分かるようになるよ」

そう言ってひなたは舞う。

「変なの!」桃香は相手にせず、座り込んだ。

 

                        *

 

桃香は洗ったマウスピースを持っている手に力が入った。

あった!そうだ!

「お姉ぇ!風だよ!丘の上の風だよ!」桃香は叫んだ。

 

(風、風・・・・・・)ひなたは朦朧とする意識の中、体の力を抜いた。

「ひなちゃん、そろそろ終わりじゃの」あかりがアッパーを打ってきた。

フワッとひなたがそれをよける。

「よろけやがって!」あかりは舌打ちをして、左右のフックを打ってさらにダメージを与えようとした。

ひなたはそれを流すように全てよける。

「丘の風・・・・・・」ひなたが小さく呟いた。

「風がどうした!」あかりがストレートを打ってくる。

ひなたはギリギリの所を避ける。まるでパンチの風圧で風に飛ばされる紙のようだ。

ボスッ!

ひなたは反撃に出た。戸惑うあかりのボディにパンチを叩き込んだ。

「ぐはっ!」あかりが唾液を吐き散らした。

 

「名コーチさん、いっしょに試合を進めませんか?」カンノが興奮して言った。

「うん!」桃香は応えた。