ゴングが鳴った。インターバルの時間だ。

あかりは自分のパンチが当たらなくなったのが悔しいらしく、舌打ちをした。

独自のパンチ回避法を生み出したひなたは、フラフラしながらコーナーへ戻ってくる。

「お姉ぇ!」桃香が叫ぶ。そして綺麗に洗ったマウスピースを差し出す。

「あぁ、桃香、セコンドやってくれるん?」ひなたは疲れた中にも笑顔で言った。

「はっきり言って相手の筋肉を読まずに風を呼んで避けるのは凄い」カンノがそう言った。だが

「あかりさんは絶対に手を打って来る、何故なら・・・・・・」言うのを躊躇う。

「どしたん?」ひなたは気になって聞いた。

「山口県にまだ住んでるハズだよね、一度山口県をまとめた地下ボクシングを見学に行った事があって」

カンノはタオルでひなたにバサバサ風を送りながら言う。

「何でもアリ、あそこの選手はお互いに相当ひどいプレイをするから鍛え上げられてるし、実際今、携帯で調べてもらったんですが

 黒金あかりはそこの所属選手。上位に食い込んでる」

「そう簡単にウチの回避方法は破れんよ」ひなたは全く心配をしていない。

そういったやりとりをしていると、試合再開のゴングが鳴った。

「とりあえず、相手にダメージを与えなければ判定負けもあるって事を覚えておいて」そう言うとカンノはひなたにマウスピースを

咥えさせた。

 

 あかりは不適な笑みを浮かべてスタスタと歩いてくる。ひなたはひどくそれが禍々しく感じた。

「のらりくらりパンチから逃げる・・・・・・か」あかりが呟く。

そしてあかりとひなたはお互いのパンチの射的内に入る。先にパンチを打ったのはあかりだった。

ストレートぎみにパンチ。

(読める!)

ギリギリでひなたは回避する。それでもあかりは笑っている。

「これなぁ、筋肉使うから疲れるんじゃけど」そう言うともう一度あかりは同じパンチを打ってきた。

ひなたは回避するが、あかりのパンチは途中で止まった。

風を読んで先に回避しようとしたひなたは、少しよろけた。

「フェイントだと体が付いてこんじゃろ?」あかりはすかさず逆の手でストレートを打ってきた。

グシャッと音がしてひなたの顔が歪んで、血が飛び散った。

(あれ?)ひなたは意識が朦朧とした。パンチは回避できなかった?。

「ごほっ」と声を出し、ひなたは血をリングの上に吐き出した。

それに追い討ちをかけるように、あかりはジャブを連発で打つ。さすがにあかりのジャブの速さは風による回避が難しい。

パンパンと音が響き続ける。あかりは一発大きなパンチではなく、ジャブを使ってひなたの意識を刈り取るつもりらしい。

「手出して!手出さないと、このままじゃ!」カンノが叫ぶ。だがひなたの耳には届いていない。

「ウチはなぁ!この試合が今の人生の全てなんじゃ!この覚悟に勝てるわけ無い!」あかりは咆哮する。

(ウチだって丘を守りたいよ・・・・・・でも足が)ひなたの足がガクガク震える。蓄積ダメージは足腰にきている。

 

何発ジャブを食らったのだろう、このラウンド早く終わらないだろうか。ひなたはそればかりを考えていた。

口の中がひどく鉄臭い。血の匂いだ。口にどんどん血が溜まる。その度にひなたは血を吐き出した。

「たあっ!」ひなたはパンチを打ち返すが、足がフラついてあかりの顔の横にストレートを打ってしまった。

「ひなちゃん、もうダメやね」あかりが嘲笑する。

 

 

「いや、この位置まで拳を持ってきたかった」そう言うとひなたはクッと拳を握った。

「正確なパンチは出来ん、けどこの位置からなら体重を移動するだけで!」ひなたは体重を移動して、本当は倒れながらなのだが

あかりの顔の側面にフックのようなパンチを打った。

バキッと音がして、あかりの顔が跳ね飛ばされる。そしてひなたは倒れそうなところで踏ん張った。

(絶対効いたハズ・・・・・・)ひなたは中腰になった。今打たれたらもう終わりだ。

 

「ひなちゃん、やっぱおもろいね」あかりはそう呟いた。

(ダメか、やられる)ひなたは覚悟をしていたが、パンチは飛んでこない。

「え?」ひなたはあかりの顔を見た。目の光が鈍くなっている。

 

「ごほぉっ!」あかりが突然吐血をした。ひなたの顔に血がかかる。

そして全身の力が抜けて、あかりはうつぶせにダウンした。

(結核の馬鹿が、今頃出て来るんかい)そう思いながら、あかりはカウント8で立った。

 

「効かん効かん、ひなちゃん。もう手は無いじゃろ?そろそろ壊れてもらわんとね」あかりは何かに覚醒したかのような目に変わっていた。

その目つきに、ひなたは寒気を感じた。先ほどの目つきとは違う。上から見下ろしてくる目線から、獣の目に。

「ウチの良心には早く壊れてもらわんとね、壊れて」口から血を滴らせてあかりが言った。

 

「ヤバいよ!今のうちにパンチ打って!」カンノが叫んだ。そして自分が名コーチであると自負しているわりに、この試合ではほとんど

役に立っていない自分に憤りを感じた。

 

(打ちたいけど足腰がしっかりせん、どうしよう)ひなたはパンチを出したいが出せない。

ガッ!

荒々しいパンチが突然、ひなたの頬に埋まった。まるで後先を考えずに一発に賭けて打ってくるようなパンチ。

それが連続で襲ってくる。ひなたはそのパンチの方向のまま、顔を左右に揺らす事しか出来ない。口からはみ出したマウスピースは血塗れだ。

「・・・・・・ンノちゃん」ひなたは殴られながら小さな声を出した。

「カンノ・・・・・・ちゃん」今度ははっきり発音出来た。

カンノは手に汗をかいて考えている。今までの試合は経験やインスピレーションによる判断で、ここまで助言に詰まった事は無い。

 

「よし、と」あかりは言って一歩後退した。目の前にはボロボロのひなたがかろうじて立っている。

顔は腫れ片目は潰れて口から唾液と血を垂らして、ひどい状態になっている。

その状態から、ひなたはファイティングポーズをとった。

 

 

「ひなちゃん、もうすぐ怖しちゃる、それまで痛くて辛かったじゃろ、もうすぐ楽にしちゃるよ」

あかりはそう言いながら、目から涙を流していた。