「なあ、ひなちゃん、ウチは残り数十秒、何をすると思う?」あかりは聞いてきた。
「ウチを倒すんでしょ?」当たり前でしょうという風にひなたは応える。
「そうそう」あかりは笑顔になる。何かおかしい。
瞬間、あかりが突っ込んできた。素人が始めてボクシングをするような無謀な行動にそれは見えた。
そしてあかりは右ストレートを打ってくる。
(これなら避けれる))余裕を持って体全体を移動する。
ひなたとのすれ違いざま、あかりは言った。
「避けてよかったんかな?」
ひなたはその意味が分かった。わざとらしく突っ込んでいった勢いの止まらないあかり。
その先には・・・・・・。
「カンノちゃんっ!」ひなたは叫んだ。だがカンノは携帯電話をじっと見ていて気がつかない。
バキッ!と殴る音。
カンノの体がリングサイドからはじき飛ばされた。
それはパンチを食らったからではなかった。
桃香は身を挺してカンノを突き飛ばし、自らあかりのパンチを食らったのだ。
「桃香っ!」ひなたは叫んでリングサイドに行こうとすると、あかりが立ちふさがった。
「惜しいな、カンノちゃんに当たる予定じゃったのに」あかりは笑顔で言う。
「外道ッ!」あかりは叫んだが、あかりは言われて当然というように笑顔のままだ。
カーン
試合終了のゴングが鳴った。
「まあな、事故は色々あるわ、すまんかったの」あかりは何事も無かったように自分のコーナーに帰って行く。
「事故はしょうがない」すんなりと、ひなたは言った。あかりはひなたの意外な反応に振り向いた。
ガッ!と音がしてあかりの視界が真っ暗になった。ひなたのストレートが綺麗にめり込んだのだ。
そして勢いにまかせて拳を振り下ろし、あかりの体をマットに叩き付けた。
「ぐあっ!」あかりがそのショックで唸り声をあげる。
レフリーから減点の通達があったが、気にせずにひなたは桃香の様子を見に行った。
浩太が傍に寄り添い、衛生係が声をかけている。どうやら桃香は気絶しているらしい。
「お姉ちゃん、今、ああいう状態になったあかりさんの試合のムービーをケータイに送ってもらった。分析すると・・・・・・」
カンノが言うと、あかりは怒り狂ったように叫ぶ。
「桃香はあんたのかわりにこんなになったんじゃ!冷静に何しとるん!」
「分析すると、頭脳戦は通用しません、相手は野生的勘をさらに強くしています。ですから自分の体がどうなろうと、私の言うとおりに行動して下さい」
カンノはただ自分の言いたいことを続けて言った。
(これからの試合は私にとって辛いものになる、でもこれがセコンド。そう、セコンドは絶対)カンノは手に持った携帯電話に力を入れる。
「あかり!これからが正念場であり、逆転でもある!」カンノはあかりを呼び捨てで叫んだ。
あかりはその気迫に押され、これ以上カンノに食って掛かることはしなかった。
「私は本当の覚悟がこういう事だって知らなかった!でも今、やっと分かった。そして私情に流されて私を信じないのなら、あなたも本当の覚悟を出来ていない!」
カンノは目に涙を溜めて訴える。
そしてカンノは、どう怒鳴られようと自分を傷つけない覚悟を持ってひなたの言葉を待った。
「なんか、家族の一員に本当になっちゃったみたいだなぁカンノちゃん」
そうゆる〜く言って、ひなたは笑った。
カンノも顔を緩ませた。
桃香は意識を取り戻して寝起きのような顔をしている。とりあえず病院へ浩太の付き添いで行くことになった。
パンチに対して体重を後ろに移動して、受身も取れたためにたいしたことは無いだろうとの事だった。
「じゃあ、これから教えたことのないパンチを教えます。これが決定打になります」カンノはインターバルの残り時間、ひなたにそれを叩き込んだ。