カーン

ゴングを何度聞いたのだろう?ひなたはラウンド数はどうでも良いと思ってきていた。決まれば、終わる。

あかりはゆっくりと歩いてひなたに寄ってくる。ひなたの足は既に軽く震えている。ガタが来ているのが目に見えて分かる。

「終わりは近い、ひなちゃんよう頑張った、ほんまによう頑張った」あかりは自分に言い聞かせているように呟いた。

あかりは本気でフィニッシュブローを打って来るつもりらしい。ひなたは雰囲気でそう感じ取った。

(あかりさんはフィニッシュに良く右フックを使います)ひなたはカンノの言葉を思い出した。

「じゃあ、フィニッシュに行く、ガードもはじき飛ばして極上のパンチを打ち込んじゃるけ、後は寝ててもええんよ?」

あかりはそう言って今までの人生を一瞬で振り返る。これから自分の復讐劇が始まる。そのスタートラインは自分の良心の破壊。

復讐、復讐。自分の人生を滅茶苦茶にした全てのモノに復讐を。自分は闇にどっぷり漬かっていく。でも全てのモノを巻き込むつもりだ。

 

 

バキィィッ!

 

やはりあかりはフックを打って来た。今までと違う。巨大な鎌で魂を削り取っていくような勢い、破壊力。

ひなたはそれを思い切り食らった。顔がひしゃげて、血みどろのマウスピースが吹き飛ぶ。

マウスピースはカンノの目の前に落ちた。もう血塗れの内臓が転がっているようにしか見えない。

カンノはそれを拾い上げて見守る。どうか立っていられますように。

手に力が入り、マウスピースから唾液と血が絞り取られるように滴り落ちる。

 

 

あかりは全てを終えたと思った。これで迷わない。誰もが悪と呼ぶような出来損ないの人間に自分は昇華したと思った。

だがひなたは生命を賭けているかの如く、必死に立っていた。足はガクガクと大きく震えて自分のものとは思えない。

歯を食いしばって倒れなかったひなたに、あかりは叫んだ。

「ひなちゃん!・・・・・・なんで壊れんの!?なんで!?」

「今だ!」カンノが叫んだ。

(よし!)ひなたは体重移動をしつつ、完璧に動作する腰を思い切り捻って、あかりにレバーブローを打ち込んだ。

あかりはパンチを打って安心しきっていた為にボディに力が入っていなかった。

ドゥッ!と重たい音がして、ひなたのパンチは見事にあかりの横腹にめり込んだ。

あかりは苦悶の表情をして、何もアクションを起こさずにうつぶせに倒れた。

(ひなちゃんが・・・・・・ひなちゃんが・・・・・・)あかりの脳が加速して暴走し始める。それがエネルギーとなり、悶絶するほど

苦しい状況であかりは立ち上がった。

「ゲホッ!ゲホッ!」あかりが血を吐いた。もう自分では病気のせいの吐血だと分かりきっているのでどうでも良い。

「ひなちゃんが壊れん、ひなちゃんが壊れん、ひなちゃんが壊れん」あかりはそう呟き続けている。

ひなたの腫れて潰れた右目はもう見えない。残った左目も、何もかもがぼやけて見える。そして数々の顔へのパンチで

気を抜けば倒れる。意識が途切れる。もう口いっぱいに広がる血の鉄のような味にも慣れた。痛みにも耐久性が付き始めている。

だが問題は、自分の体が思うように動いてくれない事だった。それでもまだ戦う意思は残っている。それはカンノという、バックに

いる力強い味方。覚悟を決めるきっかけを作ってくれた恩人。

 

(最後のラウンドになる、間違いない、もうすぐ決着が着く。どうか、どうかお姉ちゃん(ひなた)を・・・・・・)

カンノは必死に、ただ必死に祈った。