「ねーちん、ねーちん!」

いつきは試合が終わって帰る途中のバス停で真野に訴える。

「あぁ?何よもう」

ニッコリ笑った、いつきの口にマウスピースがチラチラ見える。

「それ、どうしたん?」

「これ、ねーちんのだよ」

急いで真野は自分のバッグを開けて調べた。

マウスピースが無い。

真野は躊躇わずに右フックを打ち、いつきを殴り飛ばした。いつきはマウスピースを吐き出してアスファルトの上に倒れる。

「あいたー……」

いつきはすぐに立ち上がって、悪びれる様子もなくマウスピースを拾って真野に渡した。

「それで、何か凄い試合あった?」

いつきの言葉に、真野は黙って頷いた。

「勘違いした女というか、学校でアイドル的存在の女がいてな?アピールしたのは良いが、ボコボコにされてたな」

 

「それ、ひょっとして、ねーちんの相手?」

 

「よく分かったな」

真野は悪意のある笑顔で答えた。

 

「まず、学校のアイドルはボクシングやるな。変な自信持ってるから自分が強いと思うんだろうな」

そう言って、真野は足元にいる小さな虫を、つま先でチョンと突いた。

「ねーちん、じゃあ試合の話し聞かせてよ」

「そうだな……バスが来るまでなら良い」

 

 

真野がリングに上がると、対戦相手は学校のアイドルらしかった。

ファンクラブのような連中が応援している。

対戦相手は「里」という名前らしい。

真野はチヤホヤされている人間が大嫌いなので、ルール説明の際に、かなり里を睨んだ。

 

 試合が始まるとすぐに真野は分かった。

足使いが全くなっていない。本当にボクシングをした事無いだろう。と。

 

里は、決して派手では無い。髪もショートカットで動きやすくはしているようだ。ただ、ニヤニヤしている部分に真野は腹を立てた。

 

どぶっ!と鈍い音がした。

里へ、真野の強烈なボディがめり込んだ。

「ガフッ!」

そのような声を出し、里は口から唾液を吐き出した。何度もむせている。

「洗礼だ、洗礼」

真野が笑って言うと、里は上半身を前に倒し、透明な胃液を吐き出した。

何度も吐き出し、最後にはもう何も出ないのに吐くように口を開いていた。

 

 びちゃっ! と、自分の胃液の上に里はマウスピースを吐き出した。

「さあもう一発行くかぁ!」真野が言うと、里は怯えるように真野を見る。吐いていたせいで、里の顔は泣いた後のように少し赤い。

真野が突っ込むと、里は無意識にボディをガードする。

「どアホウ」

真野はそう言って、無防備な顔を狙って右フックを打った。

見事に命中して、里は唾液を吐きながら後退し、ロープへもたれかかった。

「軟弱がっ!」

ロープダウンを宣言するレフリーを無視して、真野はそのまま里の方へ歩く。

「ひぃっ!」

里は左頬を赤くして、鼻血を出している。

「これから一〇〇叩きをする!」

 

右、左と、全てフックで打ち続ける。里はガードしているつもりだが、少しもガードされていない格好だ。ガンガンとフックを食らい、両方の鼻から鼻血は垂れ、マウスピースを紅く染めて行く。

「ゴホッ!」と里が咳をすると、口の中に溜まった血が吐き出され、マットの上にぴちゃぴちゃと散る。

「一回ダウンしとけ!」

真野は渾身の力を込めて右ストレートを打った。

皆が目を覆ったが、グシャッという音はリアルに伝わった。

里は結果的にうつぶせに倒れた。そしてその傍らには血みどろのマウスピースが転がっていた。

 

 真野は、里のファンクラブらしき団体の旗を見た。可愛い里の笑顔がプリントしてある。

それから今倒れている本人を見ると、どの位顔が腫れあがっているか、一目瞭然だった。

 

真野は倒れている里の近くに座り、レフリーのカウントを無視しながら言った。

「こういう事、もうされたくなかったら、マウスピースと使用後のパンツくれるか?」

里は晴れ上がった顔で頷いた。

 

 

「え?じゃあねーちんのカバンの中には?」

いつきが聞くと、真野は意地悪く笑顔を見せた。

「顔写真、マウスピース、パンツと、頂いてきたからね」

そう言って真野はバッグを開けた。

「ほら、これがパンツ。クロッチをひっくり返してみ?」

真野の言葉に従い、いつきはクロッチをひっくり返した。

「ねーちん、これ本当に学校のアイドルのパンツ?」

「そう。アイドルのパンツ。汚れひどいでしょ」

そう言うと、真野はパンツをしまった。

「ねーちんはそれで、今日の晩あたりにオナニーするんだね」

いつきが言うと、真野はほんのり頬を紅くして頷いた。

 

「ねーちんはレズか……」

「だから、いつきとエロボクシングしてるじゃない」

真野はそう言って、更に顔を赤くした。

「ボクも本当は男の人が好きなんだけど、上手くいかないんだよね」

真野はそう言いながら、夏の雲をボーッと見ている。

 

「今日、どうだ?」

真野が急に言った。

「えっちなコト?」

真野は頷く。

「分かった」

いつきの返事に、真野はホッとしたように言った。

「お前はさ、もう私の中では女の子扱いだから」

 

「ねーちんの肉壁は臭いからなー」

いつきがボソリと言った。

 

「に、肉壁?」

 

「うん、ねーちんのアソコを手で広げたら、肉壁が有るじゃん」

とたんに、蝉が五月蠅く鳴き始めた。

「でも、ねーちんの肉壁、マウスピースとかパンツ嗅ぐのと同じ位好きかな」

そう言って、いつきは屈託の無い笑顔で笑った。