「あいつ女装趣味があるんだってよ」
めろんは確かに聞いた、親友の清水の口から確かに出された言葉だ。
さんざん、めろんの女の子のような声を利用して、十八歳を過ぎた記念に体もまかせたが、
その清水が自分の「男の娘」に対する性癖を誤魔化す代わりにめろんを皆に売るような形にした。
「ああ、やっぱりボクは一人なんだな」
めろんはアッサリとそう感じた。最初からそう感じていたのかもしれない。
その日からめろんは人に心を閉ざした。そして自分の生きたいままに生きようと、髪を伸ばし、セーラー服を着て高校へ通う日々が始まる。
薄々は女装する事を知っていたが、大学受験を望む十八歳を過ぎた高校三年生の息子の姿を見て両親は嘆いた。
父親は罵倒しながらセーラー服をズタズタに切り裂いたが、めろんは自分の小遣いを溜めるとすぐにセーラー服を買った。
「ボクの存在意義を否定される筋合いは父さんにでさえ無いんだ……」
散々めろんを殴った父親に悟ったように言うと、父親はそれ以来何も言わなくなった。
「可愛い!」
一部の女子から、めろんは大人気だ。変声期も来ない、ヒゲも生えない上に可愛いので多方面から人気が出た。
学校からは「同性愛者に対する理解」とした上でセーラー服も着用可にしてもらっており、同性愛とは違うが
めろんは自分らしく生きることをまがりなりにも理解されたのだなと思っていた。
*********
「ほら、立て」
めろんはゆっくりと立ち上がろうとする。さすがにボクシングとは言っても実際に殴られると頭がクラクラする。
腕を組んでギャラリーに徹しているのは男子生徒達だ。成人誌を買える年齢になって「男の娘」というジャンルに目覚めたらしい。
その上ボクシングフェチだという事をめろんは知られ、ボクシング部のターゲットとなった。
全てを皆にばらした元親友の清水も笑いながら見ているがそれに対して悪意は抱かない、それどころかめろんは自分らしく公に生きることの出来ない彼。
そして彼等を哀れに思った。
(この部室……男の人の精液の匂いで一杯だ…。ボクが鴨になるワケだよね)
「ほら、来い、来いよ!」
(ああ、この人の性的欲求が手に取るほど分かる。ボクも何かパンチを出さなきゃ、開始してパンチ一発でボクが寝てちゃ楽しく無いよね)
めろんは相手の挑発の言葉に反応してようやく立ち上がった。
「自分の性癖を抑えて生きるには自分の行動を正当化するしか無いからね」
悪気無くめろんは言ったが、それが相手に火を着けたようだ。相手の男子は原始的に殴る行動をとり、めろんの顔面は酷く歪んだ。
(俺ガ出着ナイ事ヲシヤガッテ!羨マシインダヨ!)
殴られる瞬間、めろんは相手の顔を見てそう感じ取った。
重力を無視するように体は転がり、セーラー服のままプレイを強要されているめろんのスカートが捲れ上がる、女物の白地に青い縞の入った下着が
露になった。そこには女子生徒には無い膨らみが有り、皆の視線が集中する。だが誰もそれについては言わなかった。
(ボク、勃起してるもんな……)開き直り、そう考えながらめろんは立ち上がろうとしたが、口の中が妙に鉄臭い。
「ごほっ!」
咽ると口の中を切ったのであろう、ねっとりとした唾液に混じって血が数滴リングに落ちた。
めろんは血も出るよなと思いながら立ち上がる。
三発でフィニッシュが来るとは思わなかった、めろんは重力が増したように感じた後に、
ズン!
という重い感覚が脳まで伝わり、ボディを打たれたと気が付いた時にはお腹がねじれるような苦しみに襲われた。
「ゲヴォッ!」と女の子の声が部室に響き渡った。同時にゲポッと音がして、喉から口にかけて、全ての唾液や粘液を吐き出した。
ビチャビチャッとそれらが滴る音がして、真っ白いマウスピースがビチャン、ビチャンとその上を跳ねた。
「うげ……」めろんは舌を突き出すが、胃液までは出ずに苦しい。しかしその反対で、勃起した男性部分の先がじっとり濡れてきた。
めろんがしばらく倒れずにそのまま立っているので相手は少し後ろに下がった瞬間に、男性部分が上下に動きながら勢い良く射精をした。
パンツ越しに精液が放出されるほど勢いが良く、水道の蛇口をひねった時の水道管からする水の流れのような音がする。
皆が呆然と見ている間、40秒は出し続けた。リングの上に散ったそれは濃厚で濃い匂いを発散している。
「ほら……こういうのが見たかったんでしょ?マウスピースをえっちに吐き出して……それからボクは女の子なのに射精したんだよ?」
恍惚の表情で、めろんは皆に向けて言った。皆の目線が向けられているのをゾクゾクと感じていると、
「はうっ!」
と前に体を曲げて、何度も射精を繰り返した。
最終的にその部室を、めろんの甘い体臭、女の子のような声や養子に見開いた潤んだ目。精液の匂い。そして言葉が支配した。
ただ支配者としては、ぼうっと遠くを見るような空ろな目でだらしが無い。射精する精液が出なくなってもイき続けているめろんは
極限まで快楽を得ようと必死に下着の上から自分自身を慰めていた。
**********
それがしばらく続き、学校側にその内容が知られて問題になった。
何故かめろんが退学になった。生徒を誑(たぶら)かせた責任はめろんに有ると学校は判断を下したのだ。
(やっぱりボクが悪いんだ。異端者はこうなるべきなんだろう)
その日にめろんは家に帰らず、あてのない旅に出た。
めろんは電車で幾つもの駅を抜け、自分の知らない駅名が続く中、思い立ったようにある駅で降りた。
何となく自分の居場所のような気がしたからだ。とは言っても知り合いなど居るはずがない。夕方になり西日が強くなり、めろんは自分の
長くなった影を追いかけるように彷徨った。
「何かお困りですか?」
めろんが橋の上でボーッと川を見ていると後ろから声がした。
(振り向いたらきっと怖い人がいて、体売られちゃうんだ)
そう思い、無視をしていたが
「ただのフタナリですよ」と意外な言葉が続けられ、めろんは思わず振り向いた。
そこには小さな女の子がいる。イギリスかどこかの女の子だろうか?髪の毛は地毛のように見え、夕日で金色に光っている。
めろんは少し吹いた。このような小さな女の子が「フタナリ」と言うには流石に風紀が乱れすぎていぞ! とめろんはお節介にもそう思った。
「あのねお嬢ちゃん」
「いえ、二十歳(はたち)です」と、即座に言い返され、めろんは一端、両目を右手で押さえた。
「あ~、えーとねお嬢ちゃん」
「いえ、二十歳です」
「ご両親は?」
「いませんよ、戦争で死にましたから」
「え?第三次世界大戦ですか?」
「馬鹿ですか?二次に決まってるでしょう」
めろんは困惑して逃げようと思ったが、何故かその人物に惹かれた。腕を組んでしげしげと見つめるが、どう見ても二十歳には見えない。
「二十歳でいいけど、もう暗くなるよ? どっちにしても帰らなくちゃ」
「貴方は帰らなくていいんですか?」
即座に言い返される。追い詰められるような口調で言われるが、自分に興味を持たれているようで悪い気分では無かった。
「ボクには帰る場所がありませんから」
「じゃあそうですね……ここで暮らしたら良いですよ。ここは変態の住む町ですから」
めろんの心臓が跳ね上がるようにドクンと脈打った。
「え?変態の住む町?ボクは変態なんですか?」慌てて言い返した瞬間、相手の姿が一瞬透けて見えた。
めろんは両目を再度閉じて、ゆっくり目を開けると確かに相手は存在する。疲れているせいだろう。
「いえ、世の中の大多数の中で変態と呼ばれる人達の住む町です。早速ですが
貴方に住居、パソコン、ネット環境、ネット上での商売方法を教えましょう」
「いきなり話が早いですね、そんな夢みたいな条件は信じません……」めろんは苦笑した。やはり大人ぶった子供なのだろう。
「信じないのは勝手です。今ならお家に帰れますよ?」
「帰る……ですか」
めろんは少し考えた。騙されても構わないかもしれない。「どうせ」。
「信じますよ。ええ。信じます」
その言葉に相手は薄っすら笑顔で頷いた。
「良い判断です。私は古谷メイメツと申します」
小さな手のひらが差し出される。
「あ、林めろんです」
握手した手に、めろんは暖かみを感じ、信じて良いと本当に思った。
「ここで暮らすにあたって……ああ、親御さんはいらっしゃいますか?」
「……います」
「じゃあ、お別れの電話をして下さい。きっと貴方を見つけることは出来ませんから」
「え?」
「驚かれるかもしれませんが、ここはそういう町なんですよ」
何故?とめろんは聞き返さなかった、何故か理解してしまった。
「さ、めろんさん。私の携帯電話です」
めろんは真っ白な携帯電話を受け取った。どこのメーカーだろう?見たことも無い。
電話を市外局番からゆっくり打つ。手が震え、違う番号を押してはリセットを繰り返しながらもやっと番号を入れた。
トゥルルルと電話が鳴り始め、何を話せば良いのか分からずに、めろんはドキドキと胸を鳴らしながら目を閉じた。
笑いながら自分を捨てて欲しい。心からそう思った。
「はい、林ですが」
「あ……父さん……ボクは」
「父さん? ウチに子供はいないんだけど?」
「父さん!?怒ってるのお? めろんだよ!」
「めろん?」
「そうだよ、電話で話した事が無いから……声も分からないよね」
「何故知ってるのか知らないが、これから生まれる子の名前はめろんだ。仕事仲間に頼まれたんだろう? 悪戯電話。ハハハ」
電話が切れた。
めろんは先程とは違った手の震えを押さえながらゆっくり携帯電話を耳から離し、見つめていた。
太陽は落ち、夜に近づきながら濃い紅色の空に星が瞬く。
「昔。そうですね、戦争が終わって日本が復興して行く頃、ある少女が生まれました」
「メイメツさん? それよりボクの父はどうして……」
「その少女は両性具有の為に迫害を受けました。両親はその迫害に真っ向から衝突しました。自分の子供ってどういう形に産まれようが
そうなんです。可愛いんでしょうね」
「暗くて見えませんが……メイメツさんどこですか? 携帯電話で照らしますよ」
「槍玉に挙げられた人間はとことん攻撃される……平和を求めると言いながら世界は二面性を持っているんですね、女の子は成長する度に
その両性具有による男女分け隔てなく性の対象にする事を罵られ、最後には自ら死んでしまいました」
「何の話……ですか? ボクの父は一体どうしたんですか?」
「天国へ行くはずでしたが余りの出来事に同情され、女の子……彼女は二つの願いを天に受理されました」
「二つ?」
「一つは生き残った両親に自分の事を忘れてもらう事。もう一つは、このような迫害が二度と無くなる為に誰にも知られない理想郷を作る事」
めろんは携帯電話のバックライトを着けた。
「メイメツさん? 何で泣いてるんですか?」
「いえ、これがこの町に伝わるおとぎ話なんですよ。不思議ですよね?」
「メイメツさん…それって」
「めろんさん、貴方はこの話を忘れます。私がこうして泣いている事も忘れます。そして私は貴方を歓迎します」
そう言いながらメイメツは目を細め、溜まった涙を頬に落とした。
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「メイメツさん、いいネタ無いですか?」めろんがキリトリヤに入るなりそう言った。
「有りますよ、センズリでもズリセンでも何でもすればいいじゃないですか」
「同じだよ。それはそうと不思議な夢を見たんです」
「それで夢精したんですか?」
「寝る前にしましたし。何言ってるんですか」
「いえいえ、恥ずかしかったら言わなくて良いんですよ」
「いやいや、ボクはいつの間にここにいるんだろう?って考えながら寝てたら両親がいる夢見ちゃって。不思議ですよね。
両親役でメイメツさんが出てきたんですよ! 夢見が悪いから報告しようと思いましてね。メイメツさん?」
「あ、泣いてませんよ」
「?」