中島は用紙を持って会計室に入ってきた。

仮眠用のベッドの上に五色が腰掛けている。

「あの、五色ちゃん?」

「何だい?」

「その……選手登録と地区の設定って言っても分からないか。

プロフィールを書いて提出しないといけないんだけど」

「うむ、生まれは明治……」

「そこなんだよ。昭和5年にその……施術して年も取らなくなったんだよね?」

「そうだ。それを書けば良いのだろう?」

「信じてくれるワケないよ、ナノマシーンの事も含めて」

「帝都の科学力を否定されるのか?」

「いや、違うけど……あ、つまりさ、お金がもっと入るように手を加えて提出するよ?」

「君は僕を金の亡者だと思っているのかい?」

「困ったなぁ……あ、好きな物を沢山食べることが出来る!」

「任せた」

「良かった、じゃそれはそれとして、スリーサイズも必要なんだ」

「スリーサイズ? 胸と腰と尻の大きさか?……はっ!」

五色が胸を押さえて壁まで後ずさった。

「きっ君が測るのかい?」

 

「うん、もう胸も見ちゃったしいいでしょ」

「試合は別だっ! 僕は脱がない! 絶対に脱がないぞっ!」

「おいしい物食べたいんでしょ?」

「胸だけでいいかい?」

「切り替えが早いのは助かるけど、一応全裸で。体重計にも乗ってもらうし」

 

全裸と聞いて五色は唾を飲んだ。

「上手く言えないが……その……下腹部の下の」

「うん、別にやましい気は無いよ。俺はあんまり女性に興味無いから」

「その……君が買って来てくれた女性用雑誌に【へあーの処理】と載っていたのだが」

「あー、この本? そうだね。珍しい事だった?」

「カストリ雑誌だと思って信じていなかったが、その……整えないと恥ずかしいモノなのか?」

「カストリ言うな」

「整える時間をくれ! 一分でいい! 今すぐ脱いで……」

五色はズボンに手をかけると動きを止めた。

「脱ぐのは同じ事では無いかっ!」

小島が胸ぐらを掴まれる。

「だからやましい気持ち無いから!」

五色は小島から手を放し、顔をそむけて言った。

「まずおいしい物が食べたいな、僕は」

 

「はいはい、しょうがないな。何が食べたいの?」

「【しょーとけーき】というモノだ。その雑誌に載っていたが説明するとだな」

「いや、知ってるから。後で買ってくるよ」

「【まうすぴーす】も着用不可にしてくれると助かるんだがなぁ僕は」

「それは無理。口の中がボロボロになるよ、それにそれが目当ての人もいるんだから」

 

憤怒の顔で五色は小島に向きなおった。

「君はわかるのかい? 人様の前で唾液にまみれたモノを見られる恥ずかしさがわかるのかい?

 口腔の匂いを嗅がれる辱めを受けたことがあるのかい!?」

 

「胸ぐらつかまないで……苦しいから。今からショートケーキ買ってくるから放して」

呆気なく手は離された。

「うん、必ず上に苺が乗っているヤツだぞ」

「ゲホッ……ああ苦しかった。行ってくる」

使用感たっぷりのレシートの溜まった分厚い財布を持った。

 

「うむ。この間に、へあーの処理をしよう。僕は頭が回るな」

運良く等身大の鏡を発見する。

「良い姿見だ。小島は自分に見とれていたのか? 不快極まりないが所詮小島だ。許そう」

 

「あのー、俺まだ部屋にいるんですけど、いない時に言ってくれないかな?」

 

「小島いたのか!」

「うん、残念ながら」

そう言うと小島は出て行った。ただドアを閉める音はいつもより大きかった。

 

「ふう。では脱ぐぞ? へあーのチェックなどした事が無いからな」

鏡の前でズボンをソロリソロリと脱ぐ。

そしてチラリと見ると五色はすぐに胸を張る様な格好をする。

「立派に生えている。もし裸だとしてもこれだけ生えていれば大事な部分は見えまい。僕の体は

 実に優秀だ」

そう言いながらヘアーチェックの種類とランクを見た。

「勿論一番だろう。殿方にいきなり見せずにかき分けなければ見えない。淑女らしいではないか」

指で探す。しばらくして自分のヘアータイプを発見した。

「……【もっさもさ、最低ランク】」

 

 

「有名店だから時間かかっちゃったよ」

小島が帰ってくると急に五色が、またまた掴みかかってきた。

 

「小島! 僕は【もっさもさの最低ランク】なんだぁぁぁぁぁ、うわぁぁぁぁ」

「何泣いてるの? もっさもさ? それはいいけど既に丸見えだよ」

「はっ! 見られ……」

「はいショートケーキ。落とさないようにね。じっと食べてて。このまま測るからね」

「わかった」

 

 

 

「さて、最後にどこで戦うかだ。ここは小さい場所でね、大きい場所がいい。

A、B、C、D地区と大きく分かれてるんだけど」

「僕はフリーで行きたい。自由という意味だろう? 必要に応じて、どうせなら華やかに色々周りたいと思う」

 

「それもアリだね……いざとなれば飛び入り可能なB地区もあるからフリーにしよう。

 えーと、もっさもさはフリーでと、よし」

 

「中島」

 

「何?」

 

「さっき不快極まりないといった事を怒っているのかい?」

 

「……かなりね」

 

 

 

登録が終わって、色々な地区の選手を

「中島、漫画(まんぐゎ)のような話をして良いかい?」

「うん」

「僕は帝都公認の施設でこの体になったが、僕が最初で最後の実験台になったんだ」

「何か問題があったの?」

「実際、銃相手に戦えるかい? 役に立つのは肉弾戦のみだ。すぐに打ち切られた」

「へー、そこまではまあ納得出きるけど」

「でだ。三人の博士が着手していたが一人、俗に言うマッドサイエンティストがいたのだ」

「その人が研究を続けてたくさんの五色ちゃんのような人間を生み出したとか?」

「そっ……その通りだ。君は鋭いな」

「本当に漫画みたいだね」

 

「そのマッドサイエンティストを天神(あまがみ)博士と言う。そこでだ」

 

インターネットの選手検索結果の表示されているディスプレイを指さした。

「B地区の四面 花柳(しめん かりゅう)という選手。初試合登録だ。セコンド名は天神とある」

 

中島はそれを見てフッと笑った。

「天神って名前だけでも沢山あるよ」

 

「四面 花柳という名前は?」

 

「見たことないな……」

 

「珍しいだろう? 僕の部下の名前だ。しっかりと覚えている」

 

「へー、本当に漫画みたいな話だね。帝都仲間じゃないか」

 

「さてな……小島。僕と花柳の試合を組んでくれたまへ」