D地区は治安が悪い。とはいっても死体がゴロゴロ転がっている無法地帯では無いが犯罪率は高い。凶暴な住民が多く、

それに対して警察が力を入れている為に何とか凶悪犯罪は起こらない。

「ガラの悪い街」という言葉がしっくり来るかもしれない。

 

犬が歩いていると暇を持て余した若者。その中の不良と呼ばれるたぐいが石を投げて笑っている。

ルールを作って「腹に当れば三十点」等と言いながら賭けをしているらしい。

 

「こらっ!」

陽野 温子(ひの おんこ)はその現場を見て子供を叱るように叫んだ。

 

不良達が振り向くと、保母さんのような雰囲気の女性が腰に手を当てて立っている。

不良達は鼻で笑った。

「オバさん、俺ら女の人でも平気で殴っちゃうからさ、ホント。意味分かる?」

四〜五人のグループだろうか。皆ヘラヘラと笑っている。おおかたシンナー、いや禁止されているのでラッカー液でも吸引しているのだろう。

一人はひたすら「あー俺吸いすぎたわ。頭いて〜」と言っているのでまず間違いない。

 

「君たち、更生しましょ?」

にっこりと温子は言う。怯んではいない。

 

「おい、このオバさんのどこ殴ったら何点だ?」

一人が言い出すと一人を残して全員が相変わらずヘラヘラ笑いながら温子を取り囲む。

「腹か顔だな点数高いのは」

「あっ俺一番にやるわ」

 

「頭いてぇよぉ」

残された一人は頭を抱えたままだ。

 

「じゃあ俺は顔面。七〇点程度か?」

タイトな少し低い女の声がした。

 

バキバキバキッと音がして温子を取り囲んでいた不良達の顔面が粉砕される。

すぐに殴られた者達は倒れて痛い痛いと連呼している。

 

「俺、弱いものイジメは嫌いなんだ」

声の主はボーイッシュな女性だった。

右目に縦の切られたような古傷がザックリと残っている。

「いてぇよ、鼻折れたかもしんね、いてぇー」

のたうちまわる不良にその女性はどこと構わずサッカーボールを蹴るようにひたすらキックをする。たちまち皆、泥だらけのボロボロな姿へと変わって行く。

「あのー、更生中すみませんが、私弱い者じゃなくてイジメられても無いんです」

温子は動揺せずに見ている。

「これ更生ちゃうぞー!」

蹴られている一人が言う。

「あ、ボク。今ちょっと黙っててね」

ニッコリと温子は笑った。

 

「あーん? お前あれか? 犬か?」

「はい? 犬?」

 

「犬いじめられてただろ? それで俺、こいつらシめてんだけど」

「あー、そうですか。それはごめんなさいね」

「あー、まあお前も弱そうだからいいよ。ワンちゃん」

「私、陽野 温子と言います」

「犬とひとくくりでワンちゃんでいいだろ?」

「貴方のお名前は?」

 

「ワンちゃん、何で俺が知らんヤツに名前教えんといけんの? とりあえず警察来るから逃げとけ」

 

「じゃあおまかせします。一人だけ更生してから」

温子はパンチをストレートに打った。

先ほどから頭が痛い痛いと何もしていない一人の顎を砕くような勢いだった。

「あーン?」

顎を殴られた不良は一言そう言うとバッタリ倒れた。

「いいパンチ持ってんな。ま、俺も逃げるから」

不良を全員気絶させ、二人はバラバラな方向へ逃げた。

 

「さて、地下ボクシングの会場はどこかしら?」

温子は三〇分ほどウロウロしてようやく地下女子ボクシングD地区へ着いた。

「結構危険な試合をする地区らしいから最初は見学ね」

温子は札束を出すと数枚程、入り口の男に握らせてチケットを手に入れた。

 

「鮫嶋 鋭(さめじま えい)? 知らない選手ですわね、とりあえず見てみましょう。

相手は白波 春香(しらなみ はるか)さん、この方はブルータル(暴力的)な選手で有名ですわね。

 

春香はショートボブで銀髪。引き締まった体に大きな胸。男を誘うような官能的な目。

コスチュームは基本、皆がトップレスだが股の切れ込みの鋭い下着でプレイする大人気の選手だ。

 

会場に入ると温子は少し驚いた。

 

「これでいいでしょ? 新人のクセに命縮めたいの?」

春香が呆れている。

その相手の鮫嶋とは先ほどの目に傷跡のある女性だった。

「ロープ外すだけ? 甘いっしょ」

D地区は対戦相手同士で色々なルールや条件を合意のもとに決め、より激しい戦いを追求出来るシステムになっている。

今回はロープ無しの試合をするらしく取り外されている。落下すればダメージは相当なモノだ。

「甘いっしょ。春香さんこれで過激な試合するつもりあんの?」

鮫嶋はうっすら笑っている。

「新人は知らないと思うけど、実際見るとやるとではね……」

「あ、春香さん、有刺鉄線をリング外に置きましょうよ。落ちたらダメージ増しますよ」

 

「ちょっと……何言って……」

 

 

「あとダウン無制限でレフリーが気絶を確認したら負け。どうっすか? 逃げてもいいんスよ?」

 

「逃げ……飲むわよその条件! アンタ自分の首絞めてるの分かってるの?」

 

「ぎゃあぎゃあうるせーんスよ春香さん。それでいいッスね?」

 

「……いいわよっ!」

 

どうやら試合のルールや条件が決まったようだ。

 

     ロープ無し

     リング外には有刺鉄線が敷き詰められる

     ダウン無制限、気絶するまで

     ローブローや背中は打ってはいけないがパンチの打ち方は自由。

極端に言えば時間的に無理だがグローブの綿を抜いてほぼ素手で殴るようなダメージを与える行為も許される

 

「わあ、過激!。やりますね鮫嶋さん!」

温子が大きな声で言うと鮫嶋は驚いた顔をして言った。

「げっ、ワンちゃんどうしていんの? トップレスだし男が喜ぶような場所だぜ?」

 

「私、選手登録の前に試合を見ておこうと思って」

 

「そ、そうか。見たらちゃんと帰れよ……」

鮫嶋はため息をついて自分のコーナーへ歩いていった。

すぐに場は用意され、開始のゴングが鳴った。

 

(一気に場外に落としてやるッ!)

春香はDカップ程の豊満な胸を揺らしながら鮫嶋より早く走り、一気に落とそうとした。

まず真っ直ぐストレートを打つ。ガードされても勢いで吹き飛ばす事が出来る。

 

ガッ!

 

ストレートはガードされたが鮫嶋の体は後方へ吹き飛んだ。

 

(ザマァ! 新人のクセにイきがるから……)

 

「よっと」

鮫嶋は吹き飛びながら左手を横に出してコーナーポストへ掴まるとそのまま勢いを殺さずに

リング内にクルンと戻ってきた。

「アホっすか?」

 

ぐしゃっ!

 

回転の勢いで春香の顔面にパンチを打ち込む。

 

「ぐはぁっ!」

春香はデーンと音をたてて腰から崩れ落ちた。

 

「ブルータルとか言ってっけどガッカリっすね」

春香はそう言われて頭に来たのかすぐに立ち上がった。

「華が無いわね。トリッキーな事をせずに素直に落ちれば客も興奮するでしょうに」

 

「あー、じゃあアンタが華、咲かせて下さいよ」

鮫嶋はフックを打とうとした。やけに大振りだ。

 

(はんっ、新人だけあってヘッタクソなフック。避けてと言わんばかりの)

スウェイという腰から状態を反らせる形で春香は何なくそれを避けた。

 

鮫嶋はそのまま回転をして裏拳を打つ。

 

グシャァァァァッ!

 

「げぷっ」

春香の顔面に拳がめり込み、血を噴出した。

 

「あー、サマになってますよ春香さん。いいカンジっすね」

ボダボダと鼻血や口から血を吐き出しながら春香は歯を一本吐き出した。隙っ歯になっていないので前歯では無いらしいが血で真っ赤に染まっているモノがコロコロと転がった。

血に染まったマウスピースは口にあるので下の列の歯だろう。

 

自分の血を見て春香の目が変わった。

狂気さを感じる顔をしている。

 

「血ぃ出ちゃった」

 

そう言うと春香はストレートを打つ。

ジャブのように打っては引いての繰り返しの珍しいストレートだ。相当筋力が無いと打てない。

 

「ちょっ!」

ぐしゃぐしゃぐしゃっ!

躊躇した鮫嶋の顔面にガードをはじいて数発のストレートが決まった。

 

「血ぃ出ちゃったじゃないの!」

春香は叫んだ。

今度はボディをジャブのように連発で打つ。

ガードをかいくぐって、ずむ!ずむっ! と鮫嶋のボディに拳がめり込んだ。

 

「かはっ!」

鮫嶋がマウスピースを吐き出した。

びたんびたんと転がるマウスピースを春香はすぐに拾い上げた。

「これが無いと口がズタズタになるよね? ズタズタに」

 

「ぐっ……それは欲しい所ッスね」

 

「はい取りに行けー」

春香は場外へとマウスピースを投げた。唾液が放物線を描いて場外の暗闇へ……。

消えていくと思ったが投げた瞬間に鮫嶋はそれをキャッチしてすぐにグチュッとそれを咥えた。

 

それはそれで凄いが、鮫嶋はジャンプをしており決定的なスキが出来ている。

 

「ほーら!」

春香は思い切り目の前にある鮫嶋のボディにストレートをぶち込んだ。

 

「ぐぅっ」

苦しそうなくぐもった声を出すと鮫嶋は体を吹き飛ばしてリングサイドまで吹き飛びダウンのように横たわった。

 

春香が狂気の笑みを浮かべたまま歩み寄ってくる。

 

「惜しいわね。落ちる寸前だった。でも立った瞬間に……フフ」

 

鮫嶋は警戒しながら腹を押さえ、苦しそうに立つ。

すぐに殴られないようにゴロンと体を回転させて立ち上がった。

だが先を読んで春香はスライドして目の前に立っている。

「新人さん、これが場数を踏んできたプロのプレイ。後悔しなさい」

 

「げっ! 嘘だろ……」

 

ずしゃっ!

 

鮫嶋の顎はアッパーで吹き飛んだ。

体が先ほどのマウスピースのように弧を描き、血を吐き出しながら体の軌跡を残して行く。

 

ドンッ! と重い音がした。

春香が場外を見ると思った通り、鮫嶋は体を投げ出し有刺鉄線に刺され体中を血まみれにしている。

 

「これこれ! やっぱこうじゃないと」

春香が両手をあげて観客にアピールする。

 

拍手喝采。さすが春香、ブルータルなプレイ。

 

(これでマイクアピールをして今日は終わり。歯は折れたけどそれはそれで戦歴として……)

 

「あーっ! 痛ぇなチクショウ」

 

(チクショウ? 気絶はしていない?)

 

「くそ、やっぱ動くと絡み付いてきやがる」

 

「おお、鮫嶋ちゃん、さすが私のライバルだよ!」

温子が声援を送る。

 

「は? ライバル? まあ沸いているヤツはほっといてと」

イタイイタイと言い、体中をザクザク切りながら鮫嶋は何かゴソゴソしている。

 

「ちょっと! 落下のダメージは?」

春香が叫ぶ。

 

「あー、ダメージは……ありますよ。体しんどいっつーか、まあ相当なダメージみたいっすね」

「みたい? 人事じゃないのに?」

 

「春香さん、覚悟しとって下さい」

そう言いながら鮫嶋は有刺鉄線を両グローブに巻いている。巻きながらも手をズタズタに切って血を流しているが気にしていないようだ。

 

「ゲホッ!」

突然鮫嶋が口から血を吐いた。

「落下のダメージ、やっぱ聞きますね。内臓やられちゃったじゃないッスか」

そのまま鮫嶋はリングへあがってくる。

 

「へへへ、痛ぇ。でもそれ以上にこれは春香さんも痛いハズですね」

 

「ちょっと! レフリー! これはダメでしょう?」

春香が青い顔をして叫ぶがレフリーは

「アリです。お二人の決めたルールの中に含まれています」

と一蹴された。

 

「こんな程度でブルータルとか言っていいんスかっ!」

鮫嶋のパンチが乱暴に叩きつけてくる。

「わわっ!」

春香はガードするが、その腕にザックリと有刺鉄線の針が突き刺さる。

「いたっ!」

「ああ、痛ぇよ。どっちが先に音をあげるか勝負ってトコロっすね」

 

鮫嶋は試合終盤のラッシュのようにパンチを大量に打ち込む。

「ぐうっ……」

春香の腕の痛みは限界を超え、反射的にガードをせずに両腕を広げてしまった。

 

「あー、いい角度っすね」

鮫嶋はその顔面に有刺鉄線パンチを打ち込もうとした。

 

「がぁぁぁぁぁっ!」

腕から血を飛ばしながら春香は素早くストレートを打った。

ドグシャッ!

それは鮫嶋の頬にめり込み、大量の血を吐き出させた。

 

「ゴボッ!」

鮫嶋はその後も一度血を吐き出した。

 

(やられてたまるもんですか! 私の腕への対価を償わせてやる!)

 

「私の常人を超えた背筋力によるストレートの連発。覚えておきなさい! 【ショットガン・シンフォニー】を身をもって知れッ!」

 

「だっせぇ」

笑おうとした鮫嶋の顔面にストレートが一発刺さった。

 

「ダサいのはアンタ。自分の用意した策でことごとく自爆をしてるじゃないの、行くわよっ!」

ズガズガズガズガズガッ!

 

ストレートで滅多打ちにされ、鮫嶋の顔は腫れていき、鼻や口から血を撒き散らす。

 

「これがブルータル。止まらないわ。アンタを再起不能にしてやるッ! 新人さん!」

 

ズガズガズガズガッ!

 

「こらーっ! ライバル頑張れ!」

温子が罵声のように叫ぶ。

 

(ワンコ……バカかよ。本当にうるせえな)

左目の塞がった状態になった鮫嶋は呆れそうになった。

だがそんな事より止まらないストレートだ。【ショットガン・シンフォニー】ダサい名前だが破壊力が強い。

 

ビチャビチャと散る血の中に血みどろのマウスピースが吐き出されて転がった。

そのマウスピースの上に更に血が降り注ぐ。

 

遂に鮫嶋の両目が腫れてふさがった。

 

(チッ、見えねぇ)

 

「はぁ、はぁ。これだけ打ち込んで両目も塞がった……新人さん。あと懇親の一発で終わりね。せいぜいトラウマを背負ってこの世界から去る事ね……せーの!」

 

春香は体をのけぞらせて右腕を思い切り引いた。

全体重を乗せて全てを粉砕するつもりだ。

「行けぇぇぇぇぇぇぇ!」

その瞬間、鮫嶋は両手のグローブの有刺鉄線で両まぶたを切って腫れた部分の血を抜いた。

「よし見える」

 

春香は驚いたが、まさかこの状態で避けるのは不可能だろうと思った。反射では済まされない程にパンチは接近していた。

 

がしゅっ!

 

鮫嶋の頬が殴られ、ゲピュッと血を吐いて体を……。

 

「すんげーいいカンジっすよ。本当に良いっす、春香さん」

 

体を……鮫嶋は

回転させた。

自ら首を回転させてパンチの勢いを殺しつつ、ある程度食らって勢いをつける。

 

ぐしゃ……。

 

回転して裏拳、有刺鉄線付きを春香は思い切り食らった。

 

「ぐあああああっ!」

思わず痛みに叫ぶ。

 

「終始ギャーギャーうるせーヤツでしたねアンタ」

 

鮫嶋は思い切りアッパーを打った。

ジュボッと血と唾液の粘った音を立てて春香の口からマウスピースが吐き出された。

高く高く。

「あー痛ぇ。【ショットガン・シンフォニー】でしたっけ? ハンパ無いっすけど、やっぱ名前ダサいっすよ。今からマネするっすけど」

 

ドガドガドガドガドガ!

 

無防備な春香の顔面にストレートを大量に打ち込む。

最初の裏拳の段階で右頬が腫れあがっている顔がさらに醜くボコボコになって行き、

意識はもう途切れているようで白眼だ。殴られながら腿に尿が流れて行く。

どんどん流れて行き、体中の筋肉が緩んでいるのか本格的に失禁を始めると濡れた下着から陰毛が透けて見える。

それでも鮫嶋は殴る。これがブルータルだと言わんばかりにストレートで殴る。

春香は泡を吹き出したが、それでも殴っている為に泡は左右へ吹き飛ぶ。

ゴボゴボゴボッ

泡を吹く音の後にその泡は飛び散る。その繰り返しでリングサイドまで追い詰めた。

 

ビチャーン!

 

ようやくアッパーで吐き出された血みどろのマウスピースが跳ねた。

その音に同調するようにガクガクと春香は崩れ落ちる。

 

「ダメっすよ、最後までちゃんとね」

 

 

 

鮫嶋は春香の崩れ落ちていく体の顔面に向かって拳を振り下ろした。

ドガッ!

 

「えぶ……」

最後に血を大量に噴出し、リング外にダーンと春香は落下した。

 

「ふー」

鮫嶋はリング外を見下ろした。

有刺鉄線に絡まれ体中が血まみれで、白眼で泡を吹きながら失禁をした股間をしっかり見せるように股を開いて

春香はビクビク痙攣をしている。

「お、具が見える。春香さん、股開いてるからせめて閉じたらどうッスか?」

 

しっかりと開いた女性器が濡れて透けて見える。

広がった小陰唇が張り付いているのがしっかりと見え、内部の色までよく見える。

判定は気絶。

「あーあ……聞こえますかね? 春香さん、最後にいっときますけど」

 

春香は痙攣をしたまま反応を示さない。

 

「ザマぁみろ」

そう言って鮫嶋は血の混じった唾を吐きかけた。

春香の頬にピチャッとかかる。

 

「あー、んじゃね、いいモン見れてよかったね」

観客に適当に手を振ると、鮫嶋はマイクを渡そうとするレフリーをどつくとそのまま去った。

 

更衣室へ行くと鮫嶋はポツリと言った。

「ショットガン・シンフォニーじゃなくてショットガン・メサイアって名前付けてパクったろう」