「ウチにはもう分かる、長年の勘じゃ、ひなちゃん、そろそろ終わりじゃね」あかりが壊れた目でひなたを見据え続ける。
カンノはリングサイドから見て、自分の失敗を改めて感じた。今度こそタオルを投げようと、手に掴んで振りかぶった。
そして投げる前に観客席の、浩太を見た。父親としてどんな気持ちで試合を見ているのだろう。
浩太は腕組みをして、真っ直ぐリングの上を見ている。決して取り乱していない。何と堂々とした姿なのだろう。カンノは一瞬躊躇ったが。
(お父さんすみません、セコンドとしてこれをしなければ)タオルがぱぁっと手から放たれる。
桃香がタオルを一瞬で掴んだ。「何をするんですか!」カンノは思わず激しい口調になった。
「カンノちゃんこそ何するん・・・・・・」静かに桃香は言う。
「今タオルを投げないと、最悪な事になるんですよ!?」カンノは桃香の手からタオルを再度奪い取ろうとする。
だが力強く掴んだ桃香の手からは、タオルを奪い取ることが出来ない。
「家族じゃけ、よう分かる。負けてお姉ぇが一生今日の負けを背負ってくすぶった人生をおくる事位」桃香のタオルを握る手にさらに力が入る。
「あんな、カンノちゃん。一日にほんの少ししか話さんでも家族同士の事はちゃんと分かるんよ」
それを聞いてカンノは何故か一旦タオルから手を離してしまった。
「ウチが船好きで、いつも暇があればこの島にやってくる船を待っちょる事は知っちょるか?」桃香の言葉に、カンノは頷いて、それがどうしたという顔をした。
「ウチの学校の同級生がな、親の仕事の都合で島を出た。その娘とは仲が良うて、本人もいつか帰ってくると言うちょった。でもそれは無理になった・・・・・・。
バイクで跳ねられて死んだからじゃ。それ以来、ウチは船を待ち続けながら、ゆっくりと本当の事を飲み込めるまであそこにおる。
帰ってこんのは分かっちょる、でも、ウチの名前を呼びながら船から手を振ってその娘が帰ってくるんじゃないかと、待ってしまうんよ」
カンノは黙っている。
「はたから見れば、ただ無駄に帰って来ない者を待っちょるようにしか見えん、でもウチの本心をちゃんと見てくれとる、成長するのを見守ってくれちょる。
まだウチには完全に飲み込めとらん。でも家族は待ってくれちょる。信じてくれちょるんよ、ウチの事を」
カンノは「分かりました・・・・・・」と一言言い、リングの方へ向いた。
(家族として信じる、なら私はひなたさん、いや、お姉ちゃんを信じる。そして私を信じてもらえるように)カンノの崖っぷちに立たされていた気持ちに
少し光がさした。
(完璧なセコンドじゃないのを認める。私も成長するんだ!)そう思っていると、あかりの狂気の目がこちらに向いた。
カンノは足が震える。怖い。でも必死に睨み返した。
*
「なあ、ひなちゃん、何であのちっさいセコンドは心が折れんの?さっきまで青い顔をしてタオル投げようとしちょったのに」
あかりは解せない様子で言う。
「成長したからじゃろ」ひなたは返す。
「じゃあ、ひなちゃんが壊れたら全部まとめて皆、壊れる、心が折れて全てが終わるんじゃね!」あかりはそう言いながらひなたの目を見つめる。
「それが筋書き?なら思うとおりにするとええ」ひなたは言い捨てた。
その瞬間、あかりのフックがひなたの腫れ上がった顔にぶち込まれた。
もう、当たり前のように血しぶきが飛ぶ。
「ああ、思い通りにする・・・・・・やっと壊せるんじゃ、ひなちゃんを」あかりはパンチを連打せず、一旦止めてひなたを舐め回すように見る。
「最後は何でしとめたらええかのぅ」あかりはチェックメイトした気分でそう言った。
カンノは思い出したように携帯電話を手に取り、慣れた手つきでメールを打つ。
そして「現状打破します!このラウンドはあと30秒だから耐えて!」と、ひなたに叫んだ。
(OK)ひなたは足腰にありったけの力を込めて耐える準備をした。