「がんばれ」等という声援は一度もまだ飛び交っていない。きっと無責任な適当な励ましだと分かっているのだろう。

ギャラリーは多いが、今までドヨドヨ声がする位で盛り上がりは無い。これは島の未来の大事な話なのだから、皆楽しめないのだ。

 

 ひなたは、あかりのダメージの蓄積が未だどの位か見えない。自分はというと、「もう倒れたら立てない」という所まで来ている。

このまま倒れて「あー、ダメだった」で済ましたい。だが自分がそれで納得するだろうか?

今はただひたすら、辛い。苦しい。

起死回生の一発のレバーブローは確かに的確にヒットした。だがあかりはすぐに立ち上がった。まだ余裕なのか?

 

ひなたは考えるのをやめた。勝つんだ。死んでしまっても良い、この島の丘の為に、そしてあかりの良心としての為に。

 

 

                            *

カンノは祈りを終えてリングの上をしっかりと見る。

周りを見渡す。こころがいる、仁がいる。何も言わないが見守っている。

(お姉ちゃん、一人で戦ってる訳じゃないよ)そう思い、こころと仁に笑いかける。どこにこんなに笑いかける余裕があるのだろう?

こころと仁が客席から立ち上がってこちらへ向かってくる。

正面玄関が開く音がする。

ヤクザ息子四人組が入ってくる。そしてこちらへ向かってくる。

そして全員は集い、何も言わないがリング上のひなたを見つめている。

 

                              *

 

 「お姉ちゃん」と、カンノの声がひなたに聞こえた。それはとても安心感のある声。ひなたは自分のコーナーを見た。

「・・・・・・!?」

皆がいる。皆が無言で支えていてくれる。いや、支えてくれてたんだ。

辛い時もあった。試合なんてもうどうでも良いと思った事もある。

本当に色々あった。でも一つずつ解決して、私は成長出来たんだ。

最後のパンチ位、まだ打てるよね、私。

打てない気がしない。みんな、ありがとう。

一人で獣道を切り開いて迷っていた私。

それは違った。

皆がいたんだ。本当は迷ってなんかいなかった。

だから私は自分を信じて、一歩、一歩と、そして走った。

 

 

 あかりは既に余力が無かった。怒りや憎しみの力だけで動いていた。

もう一人の自分は殻に閉じこもったままだ。

辛くは無い。自分の人生。こんな物だと思えば済む事だ。でも、自分を騙しているのか?

この試合が終わったら、きっと私の良心は無くなる。

それを考えていたら、ひなちゃんが物凄い勢いで突っ込んでくる。

そうか、私のこの黒い世界から救ってくれるのか・・・・・・。

何故かって、ひなちゃんの顔には私に対する憎しみが無い。

救われたかった。

救われたかった。

でもそれを思う資格は自分に無いとずっと思って。

女としての幸せを失った自分。現実を正面から見たくは無い位に歪んでしまって。

ひなちゃん、私も打つ。後は運命。

 

 

 

 

ひなたはあかりのパンチを食らう覚悟を出来ていた。

理屈はどうでも良い。勝手にこんな事してごめん、カンノ。

 そう思っていた。

 

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

その声はセコンドからだけでは無かった。

この試合を見ている島の人、全員が一斉に叫んだ。

私は僅かな迷いさえ吹き飛んだ。

そうか、これは未来に繋がるんだ。私達の、そして、あかりにとっても。

 

 

グシャァッ!と音がしてあたりが静まり返った。

 

 

あかりのパンチはひなたの顔の横をかすめて、ひなたのパンチはあかりの顔面にクリーンヒットしていた。

あかりの何かが折れた。

そして力を失い、あおむけに倒れる。

 

あかりの意識が少しずつフェードアウトする。

雪が優しく舞い振ってくるのが脳裏に浮かんだ。

(帰ってきた。ここに)

あかりは安堵感を覚えながらゆっくりと暗い世界へ。

 

 

                           *

「お前何でもするって言ったよな?あかり」

「・・・・・・はい」

「じゃあ経営しているソープに入ってもらう可愛いから客取れるぞこれは、ハッハッハ」

 

 

「何度言ったら分かるんだよ!親がいねぇから面倒みてやってるんだろうが!」

「すみません!すみません!殴らないで下さい!」

「殴らなきゃ分からないんだよ!そういう世界なんだよここは!」

 

 

「ゴム無しプレイやりたいって人がいてよ、金もらっちまったから頼む」

「えっ・・・・・・妊娠したら」

「おろせ」

 

(またこの夢、私は子供を結局おろした。散々殴られた。どんな気持ちだったろう?思い出すのが怖い)

 

あかりは夢の中で思い出を振り返る。

本当は自殺を考えた。でも心残りがあって。

約束があって、それを待たないと、待たないと!

 

 

                          *

「会いとうなったらまた遊びに来るけぇ!」

あかりの言葉に、ひなたは園児帽を前に傾けた。泣いている。

「本当に・・・・・・行っちゃうん?あかりちゃん」

あかりの両親が無言であかりの手を引っ張って港の方へ連れて行く。

「ひなちゃん、また帰ってくるけぇ!」あかりは自分の園児帽をあかりに精一杯投げた。

「ひなちゃん!それ、帰ってくるまで持ってて!帰ってくるけぇ!」

「うん、約束するよ、あかりちゃん」

あかりの姿がどんどん離れていく。

「私、もう一つ約束するけぇ!あかりちゃんをいつか探して、ここへ連れて帰って、おかえりって言うけぇ!約束じゃけ!」

あかりの姿が完全に見えなくなると、ひなたはしゃがみこんで、肩を揺らして鳴き始めた。

 

 

 

                          *

 

(試合、終わったか)あかりはまだボーッとしているが、試合終了のゴングは聞こえた。

衛生班が自分の様子を見に来ているようだ。

「大丈・・・・・・夫」あかりは何とか目を開けた。

「!?」ひなたがフラフラしながら屈んで、あかりのグローブを手に取った。

 

 

 

「おかえり」

 

 

 

あかりのどす黒く、自分を包んでいた黒い世界に亀裂が入った。

そして、あっけなく崩壊した。

 

「・・・・・・ひなちゃん?」

 

「あれから一度、あかりを探しに出たけど、どこにいるかさっぱり分からんかった、ごめん」

「・・・・・・」

「約束を守れんかった。ごめんな」

「ひなちゃん」

「ん?」

 

 

 

「た・・・・・・ただいま」

 

そう言って、あかりは今までの感情を一気に爆発させて、泣き出した。大声をあげて